歳の差姉弟と両親を連れて旅行しています
こちらのブログの続きになります⬇︎
まずは中のムラへ

北墳丘墓を出てすぐ、このような景色が広がっていました。

そして、祖霊が宿る柱があり、

墓道と呼ばれる、北墳丘墓へお参りするための道もありました。

甕棺の墓列があったり、見どころ満載!

高床倉庫があり、「昔、社会の授業で習ったな〜」と懐かしく眺めました。
中に入って見ることができる場所がたくさんありました。

入れるところは全部入っていく、我が子たち。

背を屈めないと入れない入り口。
正面から入るのではなく、斜めから入るとぶつかりにくい、とスタッフさんが教えてくださいました。

弥生時代の男性の平均身長が163cm。女性が150cmとのこと。
弥生時代から現代に至るまで、平均身長の伸び率は7〜8cm?
人口が爆発的に増えて、平均で7〜8cm大きくなってるって、凄いことなのかな。
政治の中心地、北内郭へ

イメージとして北墳丘墓の内側にある北内郭。
塀の中に、やっぱり・・・

堀がありました。

物見櫓というのかな、ありました。

階段を登って上がってみると・・・

向こうの街まで見えました。

北内郭の中央に写っている大きな建物は、主祭殿です。
吉野ヶ里遺跡の中で、なのか、この時代の遺跡の中で、なのか、一番大きな建物らしいです。
一辺12mと話ていたような・・・?


高床住居。
室内は2つ〜3つに区切られていて、だいぶ現代の住居に近しいものを感じました。
こちらは巫女の住居でした。
巫女の住居のすぐ側に、従者の住居もありました。
主祭殿の中はリアルな世界が広がっていた

ムラの長たちを集めて、話し合いをしたり、政治をしたりしていたらしいです。
人形が並んでいて、更にひと気がないので、異様な空気に包まれていました。

ここが2階。3階は更に神秘的なエリアになっていました。

巫女が先祖の霊などから言葉を降ろすことをしていたらしいです。
祖霊の柱もあったし、卑弥呼が誕生する時代だし、自然の力や命をとても大切に扱っていたんだろうなぁと感じました。

主祭殿、圧巻です。
弥生時代にこんなに立派な建物が建っていたって凄すぎる。

ちなみに、遺跡保護のために、本物は地下に埋まっていて、土で保管した上に、レプリカが作られているらしいです。
何世紀か経った後、未来の人たちはこれも読み解いていくんでしょうかね。
現代の技術を持ってすれば、そこらへんの記録もしっかり残っているかもしれないけど、弥生時代も同じように「この技術を持ってすれば、未来の人たちは簡単に読み解けるはずだ」と思ったりしていたのかな。
考えるだけでワクワクするし、未来を想像すると、ちょっと切なくなります。
またお会いしましょうっ♪
Have a nice day✈︎