歳の差姉弟と両親を連れて旅行しています
こちらと、
こちらのブログの続きです
南内郭は村の有力者たちが暮らす場所
北内郭が政治の中心だとすると、南内郭はもっと庶民の生活に近い、有力者たちが住んでいたエリアだったようです。

このような住居がたくさんあって、それぞれに「外交官」とか「土木工事の長」とか、そのジャンルのトップの人とその奥さんが暮らしていたという説明が書かれていました。

少しずつ天気が良くなってきて、物見櫓がシルエット風になりました。
この物見櫓、これまで散々園内を歩いてきたので、見上げて登るのを諦めそうになったのですが、「ここからの景色が一番綺麗」「一番の見晴らしです」とスタッフのお姉さんに言われ、「それなら登るしかない!」と、お尻を叩いて登りました。
ら!

まさに、弥生時代にタイムスリップしたかのような、眼下に広がる古代の風景。

森の奥に、現代の街も広がっているんだけど、そこまで目が見えないので、世界観たっぷり。

こんな景色を弥生時代の人たちも見ていたのかな。
ちなみに、今でこそ階段が作られていますが、当時の人たちは梁の上にハシゴを置いて、上まで登っていた模様。
娘が「高所恐怖症の人はどうしていたんだろう?」と言ってきて、「登れません、じゃ仕事ができないからあんまりお金が稼げなかったとかかなぁ?」などと答えていたのですが・・・。
弥生時代ってお金って概念あったのかな。
今、調べたら物々交換が主流だったと書かれていたので、得意不得意で役割を分けていたかもしれませんね。
庶民の暮らしを見る「南のムラ」
今回、私が一番興味があったのが、庶民の暮らしでした。

庶民は「下戸」と言われていたというのが看板に書かれていて、どうしてもお酒を連想せずにはいられなかったのですが、やっぱり「下」という言葉が使われていたんだなぁと、ちょっと複雑な気持ちに。
しかし!

庶民のエリアも、南内郭にあった建物とクオリティはあまり変わらない。

見ることのできる家は全て中まで見て回ったけど、特段「狭い」とか「貧相」とか、そういうイメージを抱かなかった。
むしろ、役職のある南内郭の人たちと同じだけのクオリティと設備を備えているように見えました。

家の隣に畑がありました。
こういう絵面って「日本昔ばなし」などの絵本で見た記憶です。
花咲か爺さんとか桃太郎とかも、こんなイラストが添えられていたような。

のどかな風景が広がります。
アスファルトで歩きやすく舗装されているけど、当時はきっと、原っぱだったのかなぁ。
土の轍が出来ていたのかなぁ。

共同で農作物を育てていたらしく、大きな畑エリアがありました。
弥生くらし館で勾玉作り体験
南のムラまで見終わると、出発地点に帰ってきていて、弥生くらし館がありました。
勾玉作りや石包丁作りなどの体験があって、3時半までの受付で、体験可能とのこと。
勾玉作りは所要時間1時間ほど。
しっかりと磨きあげたいなら、もっと時間がかかると思います。
1つ250円〜300円。
子ども二人が参加し、それぞれ勾玉を作っていました。
吉野ヶ里遺跡は半日楽しめて費用は千円ほど
家族単位で見ると、入園料は私の分(460円)だけ。子どもたち無料。
勾玉作り250円は子ども2人で500円。
途中で飲み物を買ったけど、500円も掛からなかったので、お値段にして千円ちょっと楽しめた、お得な観光地でした。
うちの子はこういう「家を見て回る」とか「物作りを体験する」とかが大好き。
特に勾玉作りは楽しかったらしく、記憶に残った体験になったようです。
クリスマスのせいか、ガラガラだったけど、是非是非行ってみてほしい素敵なスポットでした!
またお会いしましょうっ♪
Have a nice day✈︎